あっタンの ここがおすすめっ!(第8回)

はーい、あっタンです。今回は古い町並や歴史遺構が見直された信州の松代だよ! 
信州松代 長野県長野市
長野市の南東部、上越自動車道・長野インターの南に位置する真田十万石の城下町。江戸時代には松代藩が置かれていた。文化財が各所に残る風情な町で、幕末の思想家・佐久間象山ゆかりの地としても知られているよ。さらには第2次世界大戦の遺跡も見逃せない。

松代城跡
武田信玄が、上杉謙信との戦に備えたもので、川中島の合戦では実際に信玄の本陣となったんだ。千曲川のほとりで地形を利用した天然要塞だね。1622(元和8)年からは真田氏が10代にわたり城主。残念ながら明治に取り壊されたけど、2004(平成16)年に復元され、石垣や土塁、堀、本丸太鼓門、本丸北不明門などがよみがえった。春は桜がきれい。国の史跡に指定されてるよ。

真田十万石の城下町
真田邸」は江戸時代末期の1862(文久2)年に藩主・真田幸教が母の隠居所として建築した屋敷なんだ。風情ある池山回遊式庭園は季節を彩りを楽しむことができるよ。「真田宝物館」は、真田家伝承品の武具や調度品などを所蔵。真田家の生活や歴史の勉強になるね。

松代藩出身の佐久間象山
佐久間象山は松代藩出身の思想家。松代にある「鐘楼」は真田信之が1624(寛永元)年に築いた高櫓の鐘楼で時を告げたが、象山が国内で初めて通信に成功した電信発祥遺跡でもあるんだ。、象山は1849(嘉永2)年に約60m離れた居館からここへ電線を架設し、自作の電話機で通信に成功した。現在の鐘は4代目。象山を祀った「象山神社」や、象山の遺品や自作の先進的な機器などが展示された「象山記念館」も訪ねたいね。

第2次世界大戦の遺産

象山地下壕」は、大戦末期に政府各省などを松代の地下に移すため軍部が極秘に構築。1944(昭和19)年11月から終戦の日まで約9ヶ月間、のべ約300万人の住民や朝鮮人が強制動員され多くの犠牲者を出したんだ。舞鶴山、皆神山、象山の3ヵ所で掘削、予定の75%、延長10km余の規模まで進んだ。約500mのコースを往復できるよ。見学して、どんなことを考えるかな?

★まだまだスポットがいっぱい。散策して風情ある町並みを楽しみながら町をまわるといいね。

DATA
【住所】 長野県長野市松代
【交通】
<マイカー>上信越自動車道「長野」インターより約1km。 
<公共交通> 長野電鉄「松代」駅下車。
【リンク】
長野市 ながの観光コンベンションビューロー 松代商工会
(2006.9)

松代城跡 2004(平成16)年に復元。石垣や土塁、堀、本丸太鼓門、本丸北不明門などが見事によみがえった。



真田宝物館 真田家家宝の武具、調度品などを所蔵。


文武学校 第2次世界大戦の遺跡。大戦末期、政府各省などを松代の地下に移すため軍部が極秘に構築。

鐘楼 真田信之が築いた高櫓の鐘楼で、1849(嘉永2)年に佐久間象山が通信に成功した日本電信発祥遺跡。

真田邸 
9代目藩主・真田幸教の母の隠居所だった。簡素な建物と庭園の調和が見事。
旧横田家住宅 中級藩士の邸宅で、趣ある茅葺き屋根が印象的。主屋、表門、隠居屋と2つの土蔵がある。
象山神社 幕末の先覚者・佐久間象山を祀った神社。1938(昭和13)年に建立された総桧材桃山式流造の社殿。

象山地下壕 第2次世界大戦の遺跡。大戦末期、政府各省などを松代の地下に移すため軍部が極秘に構築。予定の75%、延長10km余の規模まで工事は進んだ。約500mを往復で見学可。(写真左は入口、右は鳥瞰図)


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